1 交通事故を起こしてしまった場合に適用される法律
(1)かつての処罰根拠
かつて、自動車による事故は、業務上過失致死傷罪という罪で処罰されていました。これは自動車運転に限定することなく、日常の行為一般に適用されるものでした。そして刑罰についても、故意に相手を轢こうとした場合を除いては(この場合殺人罪や、傷害罪が成立します)、最高でも懲役5年と、重大な結果に比して非常に軽い刑となっていました。そのような状況下で、高速道路で飲酒運転のトラックが乗用車に突っ込み2人の貴い命が奪われるという事故が発生しました。当時の法律では業務上過失致死罪でしか処罰できなかったのですが、新法制定の議論が高まっていきました。
(2)法律の制定
そのような状況で制定されたのが、「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」(以下、「自動車運転処罰法」とします)です。この法律によって、危険な運転行為について以前に比べて罰則が重くなりました。
現在この法律では、大きく分けると①危険運転致死傷罪(自動車運転処罰法2条)、②準危険運転致死傷罪(同法3条)、③アルコール等影響発覚免脱罪(同法4条)、④過失運転致死傷罪(同法5条)が定められています。
2 危険運転致死傷罪について
(1)危険運転致死傷罪とは
危険運転致死傷罪は、上記のような背景から定められた犯罪で、業務上過失致死傷罪の適用が不適切だと思われる類型への適用を目指して制定されています。そして、自動車運転処罰法には、危険運転致死傷罪に当たる類型が個別に定められています。
(2)具体的な類型
- 酩酊運転(2条1号)
「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態」で自動車を走行させ、よって、人を死傷させる罪です。
ここでの薬物は、違法薬物(覚せい剤や大麻等)に限られず、睡眠薬等の医薬品も含まれます。
正常な運転が困難な状態とは、危険を的確に把握し、対処することができない状態のことを指すとされています。 - 制御困難運転(2条2号)
進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させ、よって、人を死傷させる罪です。
速度違反のように、何キロオーバーということが数値で決まっているわけではなく、道路状況や事故状況に応じて判断されます。したがって、例えば道が混雑しているなどの具体的な状況によっては、制限速度を遵守してもこれに該当する可能性があります。 - 未熟運転(2条3号)
進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、よって、人を死傷させる罪です。
「進行を制御する技能を有しない」とは、基本的な自動車操作の技能を有しないことをいいます。技能の有無が問題とされるので、免許の有無を基準として判断せず、実際に技能がどの程度あったのかという観点から判断されます。 - 妨害運転致死傷(2条4号)
人または車の通行を妨害する目的で、通行中の人または車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって、人を死傷させる罪です。
幅寄せ行為やあおり行為がこれに該当します。本罪の成立には、妨害の目的が必要ですが、妨害の目的とは、相手に急ブレーキを踏ませようとするといった自由かつ安全な通行を妨げる目的を言います。このような目的がない場合、例えば道路状況からやむを得ず接近する場合にはこれには当たりません。 - 信号無視運転致死傷(2条5号)
赤色信号またはこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって、人を死傷させる罪です。
「殊更に無視」とは、赤信号であることを認識している場合のみでなく、およそ赤色信号標識に従う意思のない場合をいいます。例えば、赤色信号であることを不注意で見落とした場合は「殊更に無視」にはあたらないこととなります。 - 通行禁止道路運転(2条6号)
平成26年に新しく追加された類型です。
通行禁止道路(歩行者天国内や、登校時間中の一部学校の周辺など)を進行し、重大な交通の危険を生じさせる場合です。
(3)危険運転致死傷罪の故意
危険運転致死傷罪では、人を殺そう、人を怪我させようといった認識は不要ですが(これらの認識がある場合には殺人罪、傷害罪が成立します)、それぞれの類型に当たる危険な運転を行っているという認識が必要になります。自分が類型に当たるような危険な運転を行っているという認識がなければ、危険運転致死傷罪の故意はないということになります。
3 準危険運転致死傷罪について
(1)準危険運転致死傷罪とは
アルコールや薬物、あるいは一定の病気による影響により、正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、そのアルコール又は薬物、あるいはその病気の影響により、正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させた場合に成立します。
人を負傷させた場合には、12年以下の懲役が、人を死亡させた場合には、15年以下の懲役が科されます(自動車運転死傷行為処罰法3条)。
危険運転致死傷罪は、あまりに成立要件が厳しいということで、危険運転致死傷罪で「正常な運転が困難な状態」と認識する必要があったところを、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」であることを認識していたという要件に緩和したものです。
(2)準危険運転致死罪の故意
先述のように、準危険運転致死罪の場合の認識は、「正常な運転に支障が生じるおそれ」があることを認識していれば足ります。よって、そのような認識があれば準危険運転致死罪の要件を満たします。
4 アルコール等影響発覚免脱罪について
アルコール又は薬物の影響で正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で事故を起こし、人を死傷させた場合に、運転当時のアルコール又は薬物の影響の有無や程度が発覚することを免れる目的で、さらにアルコールを摂取、あるいは、その場から離れアルコール又は薬物の濃度を減少させること等をした場合に成立します。この条文は、アルコールは時間が経つにつれて濃度が薄まり飲酒運転の立証が困難になることから、加害者の逃げ得となることを防止するために制定されました。
飲酒運転で事故を起こして逃走すれば、事故を起こしてしまった罪に加えこの罪も同時に成立するのでより重い刑罰が予想されます。飲酒運転で事故を起こしてしまった場合には決してその場から逃げてはいけません。
5 過失運転致死傷罪について
過失運転致死傷とは、これまでの罪が自分で危険な状態であることを認識していた犯罪であるのに対して、あくまで不注意によって交通事故を起こしてしまった場合に成立します。条文では次のようになっています。
自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、7年以下の懲役又は100万円以下の罰金が科されます(自動車運転処罰法5条)。
業務上過失致死傷の上限が5年であるのに対して重い処罰規定が置かれています。これは自動車事故は重大な結果を及ぼす危険があることから、しっかり注意する義務があることを示します。
6 無免許による加重
自動車運転処罰法では、無免許で事故を起こした場合には刑罰が加重(重くなる)されました。無免許運転には免許停止の場合も含まれます。
7 裁判員裁判対象事件
危険運転致死罪は、故意で人を死亡させる犯罪に当たるので裁判員裁判対象事件になります。裁判員裁判の場合、裁判を開く前に公判前整理手続が開かれ、弁護側は検察官から捜査資料の開示を受けることができます。この時、適切な捜査資料の開示を受けることができれば、その後の弁護側の主張に利することができます。その他にも通常の裁判に比べ、十分な経験が必要となります。
裁判員裁判の詳しい手続き等は、裁判員裁判のページを参照ください。
~人身事故・死亡事故の弁護活動~
①示談交渉
人身事故・死亡事故は、被害者がいる犯罪であるため示談解決がポイントとなります。
示談交渉については、弁護士が間に入ることで有利には働くことがあります。個人の方を相手にする場合であっても、弁護士限りで個人情報を教えてもらえる場合もありますし、仮に連絡先を知っていたとしても、相手の被害感情を考えると直接被疑者が被害者と交渉を行うのは困難であり、示談ができたとしても不相当に過大な金額での示談解決になる可能性が大きいと考えられます。弁護士が間に入れば、冷静な交渉により妥当な金額での示談解決が図りやすくなります。
②取調対応
自動車運転処罰法は、過失運転であれば過失の内容が、危険運転であれば危険についての認識が争点となることが多いです。一般の方であれば、どのような場合に過失が認められ、どのような場合に危険の認識があったと認められるか十分に理解することは困難であるといえます。そして十分に理解しないまま、捜査機関の言うように作成された調書にサインしてしまえば、自分がした行為より重い罪を認めてしまっていたなど、その後の刑事手続きで不利に扱われるおそれがあります。また身体をお拘束された状態での取調べでは、早く外に出たいと考え、自分の主張とは異なる内容の調書にサインしてしまう危険もあります。
身柄事件であれば弁護士が接見することで、身体拘束のない在宅の事件であっても、弁護士と取調べ前に打合せすることで、取調べの際の注意点や、誤った調書にはサインしてはいけない等のアドバイスを受けることができます。このように弁護士をつけることで、取調べに対し適切に対応することが可能になります。
③身柄解放活動
逮捕・勾留されてしまうのは、証拠隠滅や逃亡のおそれがあるためです。そこで、弁護士は早期釈放・早期保釈のために証拠隠滅や逃亡の恐れがないことを示す客観的証拠を収集し、社会復帰後の環境を整備するなどして釈放や保釈による身柄解放を目指します。
④公判での弁護活動
事実を認めている事件であれば、監督体制の確立、車を処分するなど再犯を防止するための環境調整等を行い、被告人にとって有利な事情を主張し執行猶予判決などの有利な処分を獲得することを目指します。
否認事件であれば、独自に事実調査を行うとともに、証拠の収集・作成などを行い裁判において無罪や被告人の言い分通りの判決になるような弁護活動を行います。
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