嘱託殺人で逮捕

嘱託殺人について、弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所が解説します。

~事例~
医師であるAさんは、SNSを通じて末期がんのVさんと知り合いました。
Vさんは、治療の痛みに耐えるのが辛く、Aさんに殺してほしいと依頼しました。
Aさんは、Vさんの自宅を訪れ、薬物を投与し、Aさんを殺害しました。
Vさんの家族が、Vさん宅を訪れたことでVさんの死が発覚しました。
Vさん宅からは、自殺をほのめかす遺書が見つかりました。
Vさんの身体からは、普段投与されていない薬物が見つかり、捜査の結果、Aさんによる犯行であることがわかりました。
三重県桑名警察署は、嘱託殺人の容疑でAさんを逮捕しました。
(フィクションです)

嘱託殺人罪

嘱託殺人罪は、刑法202条に次のように規定されています。

人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の懲役又は禁錮に処する。

刑法202条の前段は、自殺関与罪について、後段は同意殺人罪についての規定です。
本人の依頼のより、又は同意のもとに犯す殺人です。
被害者の依頼や同意がある点で普通殺人より刑が軽減されています。

◇客体◇

同意殺人の客体は、「人」です。
本客体であるためには、殺人の意味を理解し、死について自由な意思決定能力を有する者であることが必要となります。

◇行為◇

同意殺人の実行行為は、「嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺す」ことです。
ここでいう「嘱託」とは、被殺者である人から、その殺害を依頼されてこれに応じることをいいます。
また、「承諾」とは、被殺者である人から、殺害されることについての同意を得ることをいいます。

嘱託」「承諾」は、被殺者本人の意思によるものであることが必要で、通常の弁識能力を有する者の自由かつ真意に基づいてなされたことが求められます。
そのため、欺罔や威迫に基づく嘱託・承諾は無効となり、殺人罪を構成することになります。

◇故意◇

同意殺人の故意は、殺人の事実および嘱託・承諾の存在を認識することです。
この点、嘱託・承諾がないのにあると誤信して殺した場合には、刑法38条2項により同意殺人が成立します。
嘱託・承諾があるのにないと誤認して殺した場合、刑法38条2項を適用することはできませんが、重い罪を犯す意思で軽い罪を犯したために同意殺人が成立するとする立場が通説となっています。
被殺者が自殺意思を有しているにすぎない場合は、行為者と被殺者との間には、嘱託・承諾の関係がないため、殺人が成立します。
また、心中の1人が死亡し他方が未遂にとどまった場合、自殺関与罪若しくは同意殺人罪が成立します。

安楽死をどう考えるか

人や動物に苦痛を与えずに死に至らせることを「安楽死」といいます。
安楽死には、死期を迎えてその苦痛を緩和するだけのものや、死に至る苦痛を緩和するためにいくらか死期を早めてしまうもの、生存を延長させるためだけの治療を停止するなども含まれますが、苦痛の甚だしい死期の迫った人に対し、その苦痛を除去するためにその者からの依頼を受けて、積極的に死期を早める措置をとる場合の安楽死については、違法性が阻却されるのか否かが問題となります。

(1)行為者が医師以外である場合

医師でない者が行った安楽死の場合、通常は嘱託殺人罪が成立するものと考えられます。
過去の判決では、安楽死が違法性を阻却するための要件を次のように挙げています。
①病者が現代医学の知識と技術からみて不知の病に冒され、しかもその死が目前に迫っていること。
②病者の苦痛が甚しく、何人も真にこれを見るに忍びない程度のものなること。
③もっぱら病者の死苦の緩和の目的でなされたこと。
④病者の意識がなお明瞭であって意思を表明できる場合には、本人の真摯な嘱託又は承諾があること。
⑤医師の手によることを原則とし、これにより得ない場合には医師により得ない首肯するに足りる特別な事情があること。
⑥その方法が倫理的にも妥当なものとして認容しうるものであること。
これらの要件がすべて満たされるのでなければ、安楽死としてその行為の違法性までも否定しうるものではない、としています。(名古屋高裁判決昭和37年12月22日)

上の要件から、医師以外の者による安楽死は、その行為の違法性は阻却されることは難しいと言えます。

(2)行為者が医師である場合

それでは、医師により積極的に安楽死を行う行為については、どのように考えられるのでしょうか。

医師による安楽死が違法性を阻却する要件には、
①患者が堪えがたい肉体的苦痛に苦しんでいること。
②患者は死が避けられず、その死期が迫っていること。
③患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし他に代替手段がないこと。
④生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること。
が挙げられます。

上の事例では、Vさんは末期がんで、治療による痛みに耐えきれず、SNSで知り合った医師のAさんに殺人を依頼しています。
Aさんは医師ですが、Vさんの主治医ではなく、上の違法性が阻却される要件すべてを満たしていたと認められるのは、簡単ではないでしょう。

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