執行猶予期間中に起こした万引き事件について、弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所が解説します。
執行猶予中の万引き事件
Aさんは、令和元年11月30日に、三重県津市内にあるスーパーで万引きし、窃盗罪容疑で三重県津南警察署に逮捕され、10日間の勾留の後に、起訴されました。
裁判は、今年の2月10日に判決が言い渡される予定ですが、Aさんは、窃盗罪の前科(平成29年2月1日確定、懲役1年、3年間の執行猶予)があり、現在は執行猶予中です。
保釈中のAさんは、再び執行猶予を獲得できるかどうか不安であったため、窃盗事件などの刑事事件を専門にしている弁護士に相談することにしました。
(フィクションです)
執行猶予
執行猶予とは、有罪判決をして刑を言い渡すに当たって、情状により、その執行を一定期間猶予し、その期間を無事経過したときは刑の言渡しを失効させる制度のことをいいます。
つまり、執行猶予期間を何事もなく経過すれば、裁判で言い渡された刑を受けなくて済む、というのが執行猶予の一番の特徴です。
刑の執行猶予には、大きく分けて「刑の全部の執行猶予」と、「刑の一部の執行猶予」の2種類があり、前者はさらに、「(通常の)執行猶予」と「再度の執行猶予」の2種類に分けられます。
このうち、「刑の一部の執行猶予」は「執行猶予」という名称はついていますが、実質は「実刑判決」の一部です。
通常の「執行猶予」は、判決期日に執行猶予期間中ではない場合の執行猶予、「再度の執行猶予」とは、判決期日に執行猶予期間中だった場合の執行猶予です。
この点、Aさんの執行猶予は平成29年2月1日から3年、つまり「令和2年2月1日の午前0時」をもって満了ということになります。
そこで、Aさんは確かに、執行猶予期間中に万引きしていますが、判決期日時(令和2年2月10日)には執行猶予期間は経過しています。
ですから、Aさんは基本的には、通常の「執行猶予」の制度が適用されることになります。
(通常の)執行猶予の制度
(通常の)執行猶予(付き判決)を受けるための要件は、刑法25条1項に規定されています。
刑法25条1項
次に掲げる者が3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から1年以上5年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。
1号 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
2号 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を受けた日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
つまり、(通常の)執行猶予(付き判決)を受けるには
1 3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金の言渡しを受けること
2 上記1号、あるいは2号に該当すること
3 (執行猶予付き判決を言い渡すのが相当と認められる)情状があること
が必要ということになります。
執行猶予の猶予期間経過について
執行猶予(付き判決)を受けるための要件はご確認いただけましたでしょうか?
では、Aさんは前に「懲役1年」の判決を受けていることから、刑法25条1項の「前に禁錮以上の刑に処せられたこと」がある者には当たらないのでしょうか?
この点、確認いただきたいのが次の規定です。
刑法27条
刑の全部の執行猶予が取り消されることなくその猶予期間が経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。
「刑の言渡しは、効力を失う」とは、刑が消滅するということ(ただし、前科は消えない)を意味します。
そこで、上の執行猶予の要件との関係でいえば、Aさんは「前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」(刑法25条1項1号)に該当することになります。ただし、これは執行猶予が取り消されなかった場合の話です。
たとえば、保護観察に付されていた方が執行猶予期間中に万引きをして遵守事項を遵守しなかったとして執行猶予が取り消された場合は刑が消滅することはありません。
以上の話をまとめますと、「刑の全部の執行猶予が取り消されることなくその猶予期間が経過し、かつ、刑法25条1項の要件を満たす場合」は法律上は執行猶予を獲得できることになります。ただし、これはあくまで法律上の話です。
裁判官が、執行猶予期間中に同種犯罪を犯したことなどを重くみて、実刑判決を下す恐れも十分考えられます。
それを避けるには、裁判で、Aさんにとって有利な事情(情状)をしっかり主張していく必要があるでしょう。